乳癌に対するセンチネルリンパ節生検

 乳癌の手術では患者に対し腋の下のリンパ節を取り除くこと(腋窩リンパ節郭清といいます)が行われてきました。しかし腋窩リンパ節郭清を行うと、後遺症として手術した側の腕のむくみや感覚異常などが起こりうることが問題となります。 そこで考えられたのが患者ひとりひとりに腋窩リンパ節郭清が必要かどうかを判別する“センチネルリンパ節生検”という手技です。 センチネルリンパ節とは、癌がはじめに転移するリンパ節のことをいいます。このリンパ節に転移を認めなかった場合、他のリンパ節に転移のあることは極めてまれとされています。つまり1, 2個のセンチネルリンパ節を切除して調べることで腋の下のリンパ節に転移していないかどうか正しく予知することが可能です。 乳癌の60%の患者ではリンパ節転移を認めがないことが判明しており、腋窩リンパ節郭清が省略できると考えられます。 数個のセンチネルリンパ節を取り除く手術では腕のむくみや,感覚異常の発生はまれです。 センチネルリンパ節を同定する方法はいくつかありますが、当施設では手術開始後に色素(ICG:インドシアニングリーン)を注射しPDE(フォトダイナミックアイ)という肉眼では見えない赤外線を観察するカメラ装置で,ICGを取り込んだセンチネルリンパ節を検出します。

 

 

 

 

胃がん・大腸がんに対する腹腔鏡下手術

 胃がん・大腸がんの腹腔鏡下(鏡視下)手術は、お腹に5~12mmの小さな孔を4~5ヶ所開けて行います。手術は3人で行い、1人が腹腔鏡と呼ばれるカメラを挿入してお腹の中を数台のモニターテレビに映し出します。
残りの2人が数種類の鉗子(かんし)と呼ばれる細長い器具や、超音波凝固切開装置と呼ばれる特殊な器械を駆使して丁寧に病気の胃がんや大腸がんの部位を切除します。その後4cm程度の新たに切開した孔から切除した胃や大腸をお腹の外に取り出し、胃がんの場合は胃と十二指腸あるいは小腸を、大腸がんの場合は大腸と大腸あるいは小腸を連結用の器械でつなぎ合わせて手術を終了します。
 普通の開腹手術に比べると手術時間は長くなりますが、手術後の痛みは傷の長さに比例するため腹腔鏡下手術では痛みの程度は軽く、翌日には歩行ができ、入院期間も短くなります。ただし胃や大腸の周囲の別の臓器まで拡がっているような進行がんの場合は、外科医のひとつの武器である手触り感覚を必要とすることがあるため、途中で開腹手術に変更することもあります。
 胆石症に対する腹腔鏡下手術は今や世界の標準的な手術ですが、胃がん・大腸がんに対する腹腔鏡下手術はまだそこまでの標準的な手術ではありません。そのため十分に患者さんとご相談の上で選択していただくことは言うまでもありませんが、大変良い治療であることは間違いありません。

 

膵臓がんに対する門脈合併切除

 膵臓がんは難治のがんの代表で、近年、保険診療の中でジェムザールとTS‐1という2種類の抗がん剤治療が可能となり1~2年の延命が見込めるようになりましたが、抗がん剤で完全に治ることは稀で、2~3年以上の生存を目指すには手術で切除することが唯一の治療です。ところが膵臓の頭部は、食べ物、胆汁、膵液、十二指腸液に加えて背中の大きな血管が密接に交わる交通の要所のため、大きな手術になります。中でも消化管で吸収された栄養分や老廃物を肝臓へ運ぶ門脈という大血管は膵臓の頭部にグルリと囲まれており、膵臓がんができるとすぐに門脈に拡がってしまいます。そのため門脈を切り取り、つなぎ合わせる必要があるのです。当院ではこの門脈の切除・再建に対して中尾昭公前名古屋大学消化器外科教授の開発したアンスロン門脈バイパスカテーテル法を用いて、消化管のうっ血や肝臓の虚血を予防しつつ安全かつ積極的に膵臓がんに対する門脈合併切除手術を行っております。

 

痔に対するALTA注

 肛門は毎日使う大事なところです。また痛みにも敏感で、ここに不都合が起こると日常生活に支障をきたします。その不都合を代表するものが痔核(いぼ痔)と痔ろうです。痔ろうを治すには手術しかありません。痔核には、直腸側にできる内痔核と、肛門側にできる外痔核があります。また、内痔核が大きくなって脱出するようになると肛門側の痔核、つまり外痔核を伴って内外痔核という状態になることもあります。
 「脱出を伴う内痔核」にALTA(ジオン)注を投与して痔に流れ込む血液の量を減らし、痔を硬くして粘膜に癒着・固定させる治療法です。ジオン注を投与する前に下半身だけに効く麻酔を行い肛門周囲の筋肉を緩め注射しやすくします。痔核を切り取る手術と違って、痔核の痛みを感じない部分に注射するので「傷口から出血する」「傷口が痛む」というようなことはなく、1泊2日か2泊3日の入院期間です。食事・排便も直後から可能で痛みもなく手術と同等の効果が得られます。

 

鼠径ヘルニア・腹壁瘢痕ヘルニアに対する腹腔鏡下手術

本来ならお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が、鼠径部(足のつけ根の部分)の筋膜の間から皮膚の下に出てくる鼠径ヘルニア、開腹手術のときの手術創(開腹手術の傷跡)が薄くなったところから皮膚の下に出てくる腹壁瘢痕ヘルニアに対し、腹腔鏡を用いた治療を導入しています。
腹腔鏡下手術では、まずお腹に数ミリの小さな穴を3ヵ所程度あけます。そのうちの1つの穴から腹腔鏡を入れてお腹の中を映します。その画像をテレビモニタで観察してヘルニアの場所を見つけ、別の穴から入れた手術器具を操作して患部の治療をします。
従来から行われているお腹を切開する開腹手術(オープン法)と異なり、傷跡が小さく痛みが少ない、お腹の中(腹腔内)を観察しながら手術を行うので症状が出ていない小さなヘルニアの見落としが少ないなどの利点があります。
身体の状態や症状などから、最も適切な手術法を選択するようにしていますので、手術法の選択に関しては担当医師とご相談ください。

 

食道癌

 食道癌に対し根治的治療が適応となる条件は、1) 肺転移・肝転移などの遠隔転移が無いこと、2) 気管気管支、大動脈、反回神経(声帯の運動を調節する神経)など隣接重要臓器に浸潤がないこと、3) 治療に耐えうる体力があり治療の妨げになる余病がないこと、が挙げられます。

 そのため癌の進行度や患者さんの状態から最適な治療を選択する必要があります。

 根治的治療には、A:内視鏡的粘膜切除, B:化学放射線療法、C:外科的切除があります。

 A.内視鏡的粘膜切除 粘膜に限局した早期癌の方が対象です.低侵襲ですが出血、穿孔の危険があります。粘膜下層を超える浸潤を認める場合はリンパ節転移を起こしている可能性が高くなるため手術などの追加治療が必要になります。

 B.化学放射線療法 放射線照射と抗癌剤投与を組み合わせたものです。複数の先進的施設が参加して行われた、食道癌に対する根治的化学放射線療法の有効性を検討した臨床試験(JCOG9906)によると、3年5年生存率はそれぞれ45%、37%でありました。手術と同等の成績であると評価される一方、心不全・間質性肺炎・胸膜炎など放射腺化学療法の重篤な晩期合併症の危険があります1)。放射線化学療法の完全奏功率(癌が消滅する割合)は62.2%で、癌が消えなかった場合の外科的手術(サルベージ手術)は通常の手術より危険が高くなることに注意が必要です。これらを考慮すると、決して手術を上回るものではないというのがわれわれ外科医の認識です。

 C.外科的切除 腫瘍や転移の危険のある領域を外科的に取り除きます。確実に癌を取り除ける半面、手術侵襲が大きく縫合不全、肺炎・反回神経麻痺、リンパ漏など大きな合併症が起こる危険をはらんでいます。切除後の5年生存率はcStageII、 III(cT4除く)の術前化学療法施行例で60.1%2)、在院死亡率は3.4%3)との報告があります。ちなみに胃癌・大腸癌手術の在院死亡率は1%未満です。食道を周囲リンパ節とともに切除し、胃管を胸骨後あるいは後縦隔経路で挙上し吻合します。われわれ外科医は、患者さんの体力・余病・癌の進行度を総合的に評価し、患者ごとに最適な手術を施行するよう心がけています。耐術困難と判断された場合は放射線化学療法を勧めさせて頂きます。また治療前評価でcStageII、IIIと評価された場合、手術成績を向上させるため術前補助化学療法を施行しています2)。

 当院では、消化器内科の先生の評価で外科的切除の選択肢があると判断された場合、食道癌に関して経験豊富な外科スタッフがまず面談を行います。隣接重要臓器への浸潤が否定できない場合、胃の手術の既往がある場合、病変が頸部食道にかかる場合は形成外科的な対応が当院では難しいため専門施設を紹介致します。手術のメリット・デメリット、代替治療について説明させて頂きます。当院で手術を受けられる場合は十分な準備を行い安全に配慮して対応します。煙草を吸われる方は禁煙が必須です。術後経過をスムーズにする工夫として、術前からの口腔ケアや呼吸機能訓練、術後の早期離床や早期径腸栄養が挙げられます。他院での手術を希望される場合でも、病気や治療概略の御理解などにお役に立てればと考えておりますのでご気軽にご相談ください。


文献引用

1) Kato K, et al : PhaseII study of chemoradiotherapy with 5-fluorouracil and cisplatin for stage II-III esophageal squamous cell carcinoma : JCOG trial( JCOG9906). Int J Radiat Oncol Biol Phys 81 : 684~90, 2011.

2) Ando N, et al : A randomized trial comparing postoperative adjuvant chemotherapy with cisplatin and 5-fluorouracil versus preoperative chemotherapy for localized advanced squamous cell carcinoma of the thoracic esophagus (JCOG9907). Ann Surg Oncol 19 : 68~74, 2012.

3) 竹内裕也ら:National clinical data base(NCD)のデータから見た我が国の消化器外科医療水準と今後の展開 第68回日本消化器外科学会総会, 2013.